凸凹を生きる〜変な子に生まれて

(2018/10/23:猫と靴下のかたっぽというブログ名から変更しました)一人(半人前)と一匹で考える発達障害のこと、福祉のこと、喜びも怒りも

発達障害の大人が子どもにできること

障害児の為のデイサポートや支援事業施設など、発達障害を抱えた子たちが障害に気付いたその時から周囲のサポートを受けられる環境が整ってきてますね。
発達障害の子どもが大人になったとき、人との関係や仕事との関係、社会との関係を良好に築ける、または築きやすくする、障害を最小限にできるかどうかはまさに幼少期の大人の関わり方にかかっていると思います。
アレントレーニングなんて言葉もありますが(個人的には保護者教育じゃだめなの?って思うけど)親から受けた言葉態度のひとつひとつが成長途中の子どもの心身に刻まれ、プラスな言葉は自信に、マイナスな言葉は痛みや不安となってずっと残ります。
私が子どもだった頃は「発達障害」なんて概念すら無かった(知らなかった)ので、常に「変わった子」「できない子」「トロい子」として叱られながら大人になりました。今、発達障害だと頭では理解しても、心は子どもの頃の不安で弱い私のままで、記憶を上書きできずにいます。
だから発達障害の概念が浸透した今、治る(矯正できる)ものではないってことをしっかり受け止め、その子一人の基準で他と比べず、できることを喜び、できないことを支え工夫し、ゆったりとした成長のスピードをのんびりと楽しんでもらいたいなと、発達障害の子の親に思う次第です。
もし理解できない行動や言動があれば、大人になった当事者に聞いてみたらいいんじゃないかな。障害の先輩として、健常者の社会の中で生きざるを得なかった、私たちの時代の発達障害者たちはきっと身近な翻訳者になれるんじゃないかなって思う。そしてそんな機会がたくさんあればいいのになと。今の子たちがのびのびと大人になれたら、時代が羨ましいしやっぱり同じ当事者として嬉しい。
大人同士の当事者間でのピアサポートももちろんありがたいけど、子どもの発達障害のために何か出来事があればいいな。