凸凹を生きる〜変な子に生まれて

(2018/10/23:猫と靴下のかたっぽというブログ名から変更しました)一人(半人前)と一匹で考える発達障害のこと、福祉のこと、喜びも怒りも

教育が人を支えてくれると思うのです。


それはそれはショックを受けた記事です。
つい最近女子の大学進学率が全国平均5割を越えたというニュースを見て、「半分が進学できるなんて、大学ももはや特別ではない。教育が身近になるのはいいことだなぁ」と思っていた。合わせて
こんなニュースもあったし。教育を等しく受けられるというのは、貧困の連鎖を断ち切ることができるようになるということ。職業選択の自由が保障されるということ。
少しずつだけどいい方向に向かってると思った矢先の、まだまだ根深いあらゆる差別が残っていることを露呈させる記事。
それこそ私の家なんて、生まれも育ちも北海道で、貧困に育ち、私は女。「女に教育なんかいらない」と親が思っていたとしても、親だけを責めることができないほどの残念な数字。
それにプラスして障害者。「上を見てもキリがない。できることをやって満足しなさい」と、障害者には夢は不要宣言を述べられる始末。
もうすぐ平成も終わる。この近代社会にも様々な差別は根強く確実にある。生まれてきたその日その場所性別から、自分の運命は決定付けられてしまっているという悲しくやりきれない事実。
あたらしい年号の日本では、どこに生まれてもどんな性別であろうと貧困や家業に縛られることなくのびのびと教育を受けられる社会を望みます

ここまで書いて思ったけど、結婚も全く同じ理論が成り立つな。当人(当人同士)の意思が第一に尊重される社会になりますように。