凸凹を生きる〜変な子に生まれて

(2018/10/23:猫と靴下のかたっぽというブログ名から変更しました)一人(半人前)と一匹で考える発達障害のこと、福祉のこと、喜びも怒りも

常に責められている気分で苦しいです。

認知が歪んでいるのですよね、そのとおりです。

私の感じてる悪意すべてが本物なら、世の中もっと殺伐とし国内国外戦争だらけでしょう。私が捉えられてないだけで、みんなずっと優しいのでしょうね。

や、違うか。責めてもいないし優しくもない。何も考えてないのか。無害。


「本読んでるんだー、偉いね」(本読む時間があるなんて暇で羨ましいわ)

「素直なんだね」(心と顔が直結しすぎ。大人なんだからポーカーフェイスでいなさいよ)

「眠れるの羨ましいわ」(眠れてるうちは大して病気も重くないわね)

「お昼食べないの?ダイエット?えらーい」(そんなんだからしょっちゅう体調壊すのよ)


等々、瞬時に脳内で攻撃言葉に変換されて心に刺さり、「ごめんなさい、ごめんなさい」って言ってます。人と関わるたびダメージが深くなります。

記憶力もおそらくいい方で(当社比ですが)人から言われた言葉の細部まで覚えていてしまう。忘れればいいのに。

言葉から逃げられるときは上出来。悪いときは受け取った負の感情がその場で爆発してしまい、相手を攻撃してしまう。相手はさぞ驚くことだろう。「そんな意図無いのに!」って。ほんと申し訳ない。

聞き取った言葉を勝手に脳内で翻訳せず、そのまま持ち帰るようにしたい。あるいは捨てられるようになりたい。とにかく人とぶつからないようにしたい。ぶつかってもぶつかっても角は丸くならない。どんどん怖くなり距離ができるばかり。