凸凹を生きる〜変な子に生まれて

(2018/10/23:猫と靴下のかたっぽというブログ名から変更しました)一人(半人前)と一匹で考える発達障害のこと、福祉のこと、喜びも怒りも

発達障害の診断を初めて受けたときのこと(北海道)

発達障害と初めて診断されたのは10年以上前になります。

当時とにかくお金のなかった私は、病院にかかるなんて到底無理だと思っていて。でもこのまま発達障害(完全に自覚していた)を放っといても、繰り返し仕事につまずくのは目に見えている。なんとか「普通」(この頃は只々普通になりたかった。普通も多様であるのに、とにかく自分とは違う大多数の人間が普通にできていることを普通にこなせるような「普通」に憧れていた)になれる方法はないものか。と思いつく限りの語句でグーグル検索を駆使し、助けてくれる医療機関・福祉機関・公的機関を探しまくりました。

そのときに見つけたのが

こころの健康(札幌こころのセンター)/札幌市

でした。公的なサービスであり無料だということがありがたく、まずは相談してもしここで診てもらえないにしても然るべき医療機関に繋いでもらうなり何かアドバイスを貰おうと藁をもすがる思いで電話をかけたこと、鮮明に覚えています。

ありがたいことに数ヶ月待ちとは言うものの検査を行ってくれるというではありませんか。「病院ではないため、発達障害が確定したとしても薬物治療等は行えない。その場合自身で病院に行くように」とのことでしたが、とにかく無料で自分が何者かを知ることのできるチャンスに巡り会えたこと、本当に嬉しかった(と同時に緊張もしたけど)

担当の先生にお会いして一度目は宿題を出されました。

私の障害、私の個性。と言う本を読んで、自分と同じエピソードだと思う部分を書き出してきてください

と。図書館に行きその本を手に取り、読みすすめて驚きました。私と同じように苦しんでる人がいる。「同じエピソードだと思う部分」もなにも、私そのものが描かれていました。次の診察時にそのことを伝え、それでも一応特に当てはまると思われる部分をピックアップしてお話したり。あとは小児時代のエピソードを聞き取るために母に付き添ってもらったこともありました。

何度か通った結果「アスペルガーADHDを併せ持った広汎性発達障害で間違いないでしょう」ということになり、自分自身が何者であるかがわかった安堵感とともに、さてこれからどう生きればいいのだろうと模索の日々が続くことになったのです。

 

 

私の障害、私の個性。

私の障害、私の個性。

 

 

発達障害の診断を受ける際に読んだ本

 

 

片づけられない女たち

片づけられない女たち

 

 

↑私が高校生のときに読んで救われた本。出来損ないで努力不足でどうしようもない私は、もしかしたら障害、病気由来なのかもしれない、私だけの問題ではないのかもしれないと教えてくれた本